2009年01月29日

いのち、そして「生きる」こと

今夜パパはお通夜に行ってきました。



リリカが通う保育園の年中組のママがガンで亡くなったのです。

パパはそのママとは時々挨拶を交わしたことはありましたが、リリカと学年も違うこともあって、特にお話をしたことがありません。
ましてパパとは初対面でした。

保育園の保護者会の会長職をいただいているので行ってきたのですが・・・


喪主であるご主人のくしゃくしゃになった顔、真っ赤に晴らした目を見ると

とても切ない気分になりました。



通夜式の最後に挨拶がありましたが、それはもう声を搾り出す感じで

かわいそうでなりません。


お子さんはまもなく5歳。



ママのことはきっと記憶に残る年頃でしょう。
ただいなくなった意味が、大人が感じるほどはっきりしないかもしれません。




命は、はかない。



人が生まれてきた以上、いつかは死ぬのは自明の理です。

でも、5歳の子を残して逝ってしまうのは、あまりにつらい天命でしょう。

さぞかし無念だと思います。


残されたパパとお子さんは、これから大変な人生が待ち受けているに違いありません。

同じ父親としてなにか力になれないか、心からそう思います。





「生きる」



あらためて生きることの大変さ、

そして、生かされていることの有り難さを

心に強く感じました。



「生きる」



生きていることってすばらしい。

その子の命の半分は、亡くなったママからもらったものです。

大切に育んでほしいと思います。





少し前に紹介された歌を思い出しました。



teruyan1228 at 01:47│Comments(0)TrackBack(0) 生きる 

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